インマヌエル豊田教会から皆さまへ。
    
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インマヌエル盛岡教会情報3   
盛岡教会からのブログを 許可を得て転載しています。
先生のブログには、右のリンクからどうぞ。

大湊教会も守られていることを知り感謝します。
続いてお祈りしています。


地震三日目

夜半激しい頭痛。二階はまだ散乱状態ですが薬の引出はわかるので、
懐中電灯をたよりに服用することができました。

─書き留めておきたいことを忘れないように 
 文脈から脱線しますことを許してください。─
この懐中電灯は、とても有効でした。数年前クリスマス交換プレゼントで
頂いたもので、握力計のように手で何回も握る度に充電できます。
ライトは消費電力がきわめて少ないLEDです。
手動充電のライトは、ぜひ備えておきたい必需品です。
安心して枕元においておけます。

もう一つは、同じく手動充電のライト・ラジオ・サイレン・
携帯電話充電機能付きの製品です。
これは実に有効でした。ただ残念なことは、携帯電話の差し込み口
─ちゃんと三大手携帯電話用のアダプターがあったのに─
が合わなかったのです。
たぶん数年前に購入したとき、その確認をしていませんでした。
今回この機能が働けば、携帯電話の充電にこんなに心配しなくてよかったのでした。

再び就寝。頭痛は治まりました。
起床して、今日一日の準備に心を備えているうち、
今の時間ならば携帯電話が通じる可能性があるかもしれない。
ハッと気付いたのは、仙台の副牧師をしておられるN先生のご両親を
お招きしたことがあった、その時の携帯番号が利用できる。
Nさんに連絡すれば仙台の様子が分かるかもしれない。
何回かNさんご夫妻の番号を交互に呼び出しているうち、ようやく
通話可能の呼び出し音が聞こえて来ました。
電話にでられたNさんに、盛岡が守られている感謝を伝え、
仙台の様子をうかがうことが出来ました。

「仙台教会は今日の礼拝が持たれる予定…」(ということは先生方も教会も無事!) 
もうNさんと話しているのに私の頭は仙台・仙台でいっぱいになって
Nさんが仙台におられるつもりであの事、このこととうかがう有様でした。
そして大湊も守られていることもうかがうことが出来ました。
大湊は海のすぐ近く。高台ではありますが、この度の津波は尋常ではないので心配でした。
N先生のお住まいは、とても住める状態ではなく、
地震から教会に寝泊まりしておられることも知りました。


 どうしても連絡がとれなかった山形はまず大丈夫だろうと判断。
これで教区全教会は守られたことを確信しました。


 一応、通常どおりの礼拝人数の机・椅子を用意。本来聖餐式をもって
年会に臨む予定でしたが、年会には出席は出来ない状況。
教会員方の少なからぬご親族・友人方が沿岸地域におられることを思うとき、
今回は聖餐式は持たず、集われた方々とともに感謝と証詞と
祈りの礼拝にすることにしました。

ガソリンが無かったり、会社用件で欠けられたり、
非常時なので来会できない方々がいらっしゃるなか、
礼拝に集われる兄姉方がやってきました。

そんな時、午前10時10分ころに電気が回復しました。

大喜び。さっそく会堂の暖房機が回り始めました。
しかししばらくしたら停止。
原因は室外機をリセットする必要があるのでしょう。
そのままに小さな反射式石油ストーブを利用することにしました。

讃美と聖書を開き、それぞれに証詞をして頂きました。

陸前高田におられるお母さん─逃げていてくれれば良いのだけれど

大船渡のご親族─連絡がつかない

山田町のご親族─連絡がつかない

同じく山田町のご一家─連絡がつかない

宮古の知人たち─どうでしょうか

盛岡の会員方は全員無事

祈り

礼拝を締め括り、二階が牧師の生活スペースになっているので、
皆さんにその地震後の様子を見ていただきました。

皆さんも、少々驚いた様子でした。立地(埋め立て地)と
二階ということからその揺れ方は大きかったようです。

会員の方が帰途につくために玄関に集まったとき、
会員のご子息が自転車で駆け付け、
「陸前高田のおばあちゃんが生きていることが分かった」

紅潮し、涙を流し、「生きていた!」と、
手を取り合って喜びあいました。

皆さんがお帰りになった後二階に上がり、転がり落ちたテレビに
アンテナを接続しました。しかし残念。画面が凹んでしまい画像は出ません。

教会で用いていたテレビにアンテナをつなぎ、
初めて画面を見ました。ラジオから想像していた巨大地震の惨状を
目の当たりにしました。「このことか…こういうことだったのか…」

もうテレビの前から動けなくなりました。

もの凄い津波。特に山田は家庭集会を開いていただいた
ご家族がいます。地震当日からいっこうに連絡はとれません。
会員のご親族もおられるところ。心が痛みます。

いつまで見ていてもきりがありません。

二階の書斎とパソコンは使えるか。

小さな書斎です。せいぜい六〜七畳のドアから机に辿り着くまで、
崩れ落ちた本棚から飛び出した書籍と書類とリソグラフが
行く手を妨げています。
書籍を踏みつけることに心痛めながら
─あるいはこんな時だから許される快感─敬愛する先生方の本を踏みつけ、
かき分け、数分かかって机に辿り着きました。
(聖書は机周辺でしたから、踏まずに済みました。感謝)

机から半分ずり落ちて画面が机の角に支えられて
落下から免れていました。

なんとか机に引き上げ、マウスを引き上げ、
電源を入れると…。「ジャーン」という起動音。

まったく正常に動き始めました。

インターネットも正常。

さっそくメールを確認。何通かご心配のメールも届いています。

お返事を差し上げたいのですが、
このような書斎ではストーブが使えないので夜になると冷え切ってしまいます。
それにブログ素人の私は、コメントに対する返信の仕方がわかりません。
(今は分かりました。)

 ならば、ブログを通して地震の顛末を記し、
ご報告することで、お見舞い御礼しようと思いました。

 この未曾有の地震経験を記録することも、意味があるかもしれません。

 因みに、地震当日から数日間は、
携帯電話のインターネット機能を使ってブログを更新していました。
携帯メールは苦手で思うように書けませんでした。
電池消耗と戦いながら精一杯のメール更新だったことも、
思い出になります。



              
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